自己紹介
1950年生。北海道育ち。
子供の頃に患った蝶への熱病が98年、30年ぶりに再発。今のところ完治の見込みなし。 こまったものだ。 現在は北海道在住。 ___________ エキサイト以外のリンク 日本道路交通情報センター あやはべる/撮影日誌 蝶の観察記録 My Favorite Butterflies of JAPAN my蝶あるばむ Hirokou's Field Notes naoggio写真日記 受身の園芸 自然散策雑記帳 四季おりおり Googleマップ 最新の記事
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私が子供時代を過ごした60年代といえば、すでに日本に生息する蝶については殆どその生活史が明らかにされていました。
当時、未だ食草や食樹が不明のままであった蝶はヒサマツミドリシジミ、カラフトルリシジミ、タッパンルリシジミ等、ほんの僅かな種だけとなっていたのです。 それにも拘らず私や同学年の蝶仲間はある夢を持っていました。 それはスギタニルリシジミが幼生期に何を食べているかを発見することでした。 この蝶はすでに葛谷 健氏(注1)によってトチの木の花を食べていることが解明されていたのですが北海道には南部を除いてはトチの木が自生していないのでした。 しかし故郷の実家の近くの山では春先ともなると、この蝶がチラチラと飛び交っていましたから「あぁ〜何とかして、この蝶が何を食べているのか発見したいものだ、そして日本の蝶研究史に新たなる1ページを書き加えたいものだ。。」などと生意気にも思っていましたから雪解け前から何度も蝶仲間と候補の植物についての議論を戦わせたり図書室で春先に開花する植物を調べたりして夢を膨らまし続けていたのです。 そして未だ子供でしたから、この夢は手を伸ばせば届くところにあると信じきっていました。 理由は3つありました。 ○あの山には現にスギタニがいるのだから、未知の食草も必ずあの山にある。 ○本州でトチの木の花を食べていると云うことは、こちらでも何か樹の花を食べているに違いない。 その樹は5月には開花している筈である。 花の咲いている樹を見つければ良いのだから、すぐに見つかるだろう。。簡単なことだ。 ○私も蝶仲間達もゼフィルスの採卵経験は積んでいたので木登りには自信がある。 この3つの前提がありましたから、やがて待ちに待った季節が到来するや、私と蝶仲間達は鼻息も荒く現地に乗り込んだのは言うまでもありません。 ところが。。わかりきったことですが、そんな簡単に幼虫が見つかる筈がありませんでした。 その理由は。。 ○子供の目にも留まる様な樹の花はコブシとオオカメノキくらいで、コブシはすでに花が散り始めていましたしオオカメノキの花はトチの花のような花房ではないので探す以前からこれは違うと思った事。 ○当時、北海道と同じ様にトチが自生していない南九州ではミズキが食樹として知られていましたが、北海道にも自生している筈のミズキが、どの樹なのかがわからなかったことです。 でも見つけられなかった本当の理由は別にあったのです。 それは探索の時期が早すぎたせいか未だ辺りをヒメギフが飛び回っていましから、それに気をとられてしまって誰も本気でスギタニの卵や幼虫を探す根性など持ち合わせていなかったこと、ヒメギフを追い掛け回すことに夢中になってしまって誰も樹の花を調べてみようなどとは思わなかっことなのでした。言い換えれば華々しい成果を夢見る割には地道な作業が嫌いだったからなのでした。 でもこれは今も当時と殆ど何も変わっていません。大人になっても何も成長はしなかったようです。 当時のいい加減な我々仲間達の話はともかくとして北海道のスギタニの生活史解明の足取りは次の通りです。 1965年:宇野正紘氏が釧路と旭川でミズキより卵発見 1987年:本来の食樹がミズキではなくキハダであることが判明。 スギタニルリシジミの発見者(1918年)の杉谷岩彦先生のこと。 「京都三高数学課教授。教え子に岡潔、湯川秀樹、朝永振一郎。そのお人柄は秋霜烈日、人にもおのれにも厳格。まれにみる高い倫理観の持ち主。一方、蝶をやる人間に対しては惜しみなく、その知識、標本を与え義父のように慕われたそうで。。」(注2)「 」内引用 こんな偉いお方とは。。絶句です。 さて、その後もスギルリの研究は進み続けています。御存知とは思いますが今日ではスギルリの本来の食樹はトチではなくてキハダであるとの説が有力となっています。(注3) これが「トチノキ神話の崩壊」説で ''主要な食樹はキハダであり、トチノキがあるところではトチノキも食べる'' といった内容です。 周囲にトチノキがないのに、この蝶が見られる謎の大部分はこのキハダ主要食樹説で解決するのかもしれませんが、他にも色々と食べているようで、まだまだ謎の多い蝶のようです。葛谷氏の発見からもう半世紀近くも経つのに、その魅力は昔と少しも変わっていないようですね。 注1:「日本昆虫記」Vol 2 に収録されている「トチノキの花をたべるチョウ」の著者。現在も栃木の昆虫愛好会の重鎮としてご活躍中。 注2:「チョウのはなし」Vol 2 久保快哉編 技報堂出版 1987年 注3:「やどりが」No.224/2010年、''スギタニルリシジミの食性に関する検証'' 岩野秀俊
by clossiana
| 2011-04-20 15:09
| 蝶の思い出
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Comments(6)
そんな少年時代から蝶の食草発見に意欲を燃やされていたとは。
clossianaさんは、当時の好奇心を持ち続けたまま大人になられたようですね。 私はつい先日まで、スギルリがキハダを食べるなんて知りませんでした。虫林さん、海野さんとスギルリ撮影していて初めて知った次第です。 1枚目の写真、面白いですね。奥にも同じ花が見えているのが効いてますねえ。
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banyan10 at 2011-04-25 10:27
キハダもミズキも木を見ても分かりませんが、産卵シーンは撮影したいです。(笑)
アマナの吸蜜は初めて見ました。 そもそも僕が知っているポイントではアマナは咲いていません。 花に頭を突っ込んでいるのに、眼は写っているのがいいですね。
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crysozeph at 2011-04-25 23:51
トチノキもキハダも、山に生えているのは恐ろしいくらい大木ですもんね。自分には厳しいです^^;
トチノキを食べる個体群より、キハダを食べるもののほうが大きくなるというのは聞いたことがありましたが、キハダがメインの食草だと言うことで頷けました。 地表近くに咲いている花にもくるのですね。自分は、いつもキブシばかりに目がいってしまいます。
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clossiana at 2011-04-29 11:35
naoggioさん、コメントありがとう御座居ます。あの頃は生意気な年頃でしたからベニシジミやルリシジミの幼虫だって見た事がないくせにスギルリの食樹を探す真似事のようなことをしたりしていました。カラフトルリについては学生時代に大雪山で寝転び乍らエゾイソツツジを調べたりしました。これも当時、噂があったからです。いずれも根気の無さで何も見つけられませんでしたが。。
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clossiana at 2011-04-29 11:36
banyanさん、コメントありがとう御座居ます。この蝶の産卵シーンは「ゆずりは」で見た様な気がします。栃ノ木でしたが確か望遠を使っての写真でした。トチもキハダも大木ですから撮影は大変でしょうが、こういう思い込みはダメですね。意外に背丈の低い樹にも産卵しているのかもしれませんね。アマナでの吸蜜シーンは勿論、偶然見つけたものですが割に長い時間をかけていましたから撮らせてもらえました。
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clossiana at 2011-04-29 11:36
crysozephさん、コメントありがとう御座居ます。私の経験ではスギルリは産地が違っていても、どれも同じ様なサイズのものしか見ていません。大きい個体がいるのですか。。
初耳です。それと吸蜜シーンですが私はキブシを初め、樹の花での吸蜜シーンは憧れてはいるのですが一度も撮っていません。撮れたのは↑の他にはユリワサビ、カタクリ等、いつも草花ばかりです。ですから樹の花でのシーンを撮ってみたいです。
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